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<title>大阪　モルト　バー　　Bar 婆娑羅</title>
<link>http://basara.usukeba.com</link>
<description>*　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　*～新着モルト、イベント情報、スコットランドの写真など～　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＊　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＊　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＊WHISKY HISTORI IN OSAKA 2008・・・・・・・・・・・・・・『試飲会＆セミナー』2008.9.28SUN　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＊資料請求は、FAX(06)6477-2901まで。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＊8月の休日は、13(水)14(木)18(月)と日曜日です。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</description>
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<pubDate>Mon, 23 Jul 2007 22:12:30 +0900</pubDate>
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<title>ウイスキーに携わる人々：最終章</title>
<description>｛朝のスペイ川、エジンバラ城前　土屋守氏｝（スコットランド・スペイサイド地区）ウイスキーに関わって来た人々の話です。スコッチウイスキーへの情熱が伝わってきます。スコッチウイスキーが最高との思いが、伝わってきます。面白い話があります。リンクウッドにある蒸留所で、新しいマネージャーが入りましたが、その蒸留プロセスを変えてはいけないという気持ちのあまり、蜘妹の巣も壊さないようにと指示していました。この話で分かるように、人々は魔法の影響がかなりあると知っているのであまりいじりたくないのです。蒸留を行っている人々にそのプロセスについて問い詰めると最終的には「知らない」と言われます。ウイスキーのことはセクシーだと思いますか。それは何とも言えませんね。あなた次第です。でも、例えば、あなたが一月にここに来るとします。私は「お元気ですか」と言って、そしてあなたの服を剥いで、そのままあなたを外に出すとどうなりますかね。ショック状態になりますよね。まあ、ウイスキーも同じです。おいおい、笑わないでください。ある蒸留所のマネージャーがウイスキーについてこの素晴らしいことを言っていました。毎日適量を飲んでいたら永遠に生きます。この言葉は「命の水」をよく表現すると思います。注 意 :  この内容の無断使用は出来ません。以上、２０章で完結です。スペイサイドのウイスキー作りに関わる人々の話でした。歴史と、長い時間がかかり現在のウイスキーが生まれてきたのですね。此れからも、ウイスキーに携わる人々に感謝しながらモルトを飲み五臓六腑を感動させるぞ＊</description>
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<category>スコットランド蒸留所、風景</category>
<pubDate>Thu, 06 Dec 2007 08:04:54 +0900</pubDate>

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<title>ウイスキーに携わる人々：次回最終章（１９）</title>
<description>｛ストラスアイラ蒸留所｝（スコットランド・スペイサイド地区）ウイスキーに関わって来た人々の話です。スコッチウイスキーへの情熱が伝わってきます。スコッチウイスキーが最高との思いが、伝わってきます。私のウイスキー業界との唯一のつながりは大叔父でした。彼は桶屋で、実はタン・ルームにあるワッシュバックの一つを作りました。名前が書いてあります。あれは、ここが最初に建てられた1881年のことでした。ウイスキーの将来は明るいです。現在作られている種類の数はこれまでより多いのです。一般社会での関心度は非常に高いのです。このために、酒造家は自分のやっていることの重大さをもっと意識するようになりました。特にモルト・ウイスキーでは飲み物を売っているだけではなく、人間についての物語も売っているわけです。ウイスキーのことを理解するのにそれを作った人々のことも理解しないといけません。蒸留所に来て、直接酒造家と話さないといけません。今までのブランド品とこの点は違います。モノレト・ウイスキーでは手作りの話が人々の心をつかみます。私にとってこれは非常にいいことです。今までは現場で一生懸命働いている人々は陰の英雄のような存在でした。やっと彼らの功績が認められました。今は、ブランド・マネージャーやマーケテイング担当者の代わりに蒸留所のマネージャーや倉庫で働いている人が公に対してその商品を代表するようになりました。このような人は大体率直な性格なので非常にいいことだと思います。ウォルター・スコット卿は不法に蒸留を行っている人々のことを「あのグレンリベットにいるずる賢い錬金術師達」と呼んだと思います。その通りです。錬金術や黒魔術は絶対にありますね。まあ、多少の魔法や運は入りますね。注 意 :  この内容の無断使用は出来ません。＊</description>
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<category>スコットランド蒸留所、風景</category>
<pubDate>Wed, 28 Nov 2007 00:10:22 +0900</pubDate>

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<title>ウイスキーに携わる人々（１８）</title>
<description>{写真：グレンキース、アイラ川｝（スコットランド・スペイサイド地区）ウイスキーに関わって来た人々の話です。スコッチウイスキーへの情熱が伝わってきます。スコッチウイスキーが最高との思いが、伝わってきます。スコッチ・ウイスキーは日本で作れるかどうかよく聞かれますね。その答えは基本的にノーです。スコッチ・ウイスキーという呼び方はスコットランドで作られたものにしか使えません。しかし、日本では面白いアイデアがありました。蒸留所やその周りにいくつかの家を作って、そしてそのできた村を「スコットランド」と呼びました。そうすると、そこで作ったウイスキーをスコッチ・ウイスキーと呼ぶことができました。実は、我々はこの国でウイスキーの作り方を学びました。ある日本人男性が78年ぐらい前ここに来ました。そして、技術、技能、知識などを日本に持っていました。ええ、彼らにやられたそうです。いい日本製のウイスキーは作れますが、残念ながらスコッチ・ウイスキーは作れません。スコッチ・ウイスキーのユニークな点の一つは主に田舎で作られているということです。多くの人々に雇用を与えています。スコットランドでは、4万5千人ぐらいの人々は直接、または間接的にウイスキー業界に携わっています。ウイスキー業界に携わっている人々以外にも、農民やモルトスターが作る穀物が必要だし、色んな会社が作るボトル、ラベル、梱包も必要だし、ウイスキー業界はおよそ50人に一人のスコットランド人に雇用を与えています。スペーサイドやアイラのようなウイスキーが作られる地方では、多くの町はウイスキーのおかげで存在します。スペーサイドでは「ローマは七つの丘の上に建てられた。ダフタウンは七つの蒸留所の上に建てられた。」という言い伝えがあります。私はスペーサイド出身なんですが、やはりウイスキーは常に回りにありました。日常生活の一部でした。「早い年齢からウイスキーに浸される」とよく言いますよ？ウイスキーの世界で育ちました。村の人々は皆ウイスキー関連の仕事に携わっていました。私は昔から泥炭を切ってきました。私の父も祖父も曽祖父もそうでした。これは元ふ祖父のものでしたが、私のために切られました。彼は私より少し背が高かったです。あそこに角がありますね。昔は牛の角を切って、泥炭用のスペードとして使われていました。このごろ、角は手に入りにくいです。注 意 :  この内容の無断使用は出来ません。お詫びメールをいただいた方へこちらの不手際で、返信ができなかった事をお詫びいたします。*</description>
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<category>スコットランド蒸留所、風景</category>
<pubDate>Tue, 20 Nov 2007 00:26:54 +0900</pubDate>

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<title>ウイスキーに携わる人々（１7）</title>
<description>｛写真、クレイゲラヒーブリッジ、スペイ川｝（スコットランド・スペイサイド地区）ウイスキーに関わって来た人々の話です。スコッチウイスキーへの情熱が伝わってきます。スコッチウイスキーが最高との思いが、伝わってきます。子供の頃、父親と一緒にヨット遊びをしていたものです。ある月、エリスケイにある辺びな小さい湾に上陸しました。そこにいるおじいさんにジェリカンに水を入れるところを聞きました。とても無口なおじいさんでした。そしてうちの父親が「ポリティシャン号が浅瀬に乗り上げたのはあの辺でしょう」と言っていました。そうしたら、そのおじいさんが「そう、あの辺です。あの小さな岩の辺りです」と言っていました。ちょっと間をおいてからうちの父親が「そのあと1，2週間ぐらいはウイスキーには困らなかったでしょうね」と言っていました。そうしたら、そのおじいさんの顔が突然非常に嬉しそうな表情に変わりました。「1，2年ぐらいは困らなかったんですよ」と言っていました。本当かどうか分かりませんが、ちょっとした話があります。ある人はざんげしに行く途中、戻ってくる人に会いました。「どこに居ましたか」と聞いたら、「教会でざんげしていました」と言われました。「牧師さんに会いましたか」「ええ」「新しい人ですね」「ええ」「どういう人ですか」「いい人ですよ」「どういう意味ですか,あなたがポリティシャン号からどれぐらいの量のウイスキーを盗んだか言わなかったのでしょう」「言いましたよ」「彼は何と言いましたか」「罪ではない、盗まない方が罪だと言われました」ウイスキーを飲めば飲むほどこの話が大げさになります。まあ、ウイスキーで口数が多くなりますが、詰も面白くなると思います。ドラムを何杯も飲んだら全ての世界問題が解決できます。もちろん、その次の日は何も覚えていません。一旦3杯飲んだら、もっと飲んだ方がいいと思えるようになります。私が死んだら、棺に私の一番好きなウイスキーを一緒に入れてもらいたいです。スコッチ・ウイスキーは軽くみられることは多いのですが、イギリス、特にスコットランドにとって経済的にかなり重大なものです。スコットランドの一番スケールの大きな業界です。毎年、およそ23億ポンドに当たる輸出が発生します。ということは、輸出の稼ぎ頭としてイギリスのトップ5、またはヨーロッパのトップ10に入ると言う訳です。ヨーロッパで、特にイギリスでの貿易収支に対する貢献度が大きいです。我々の輸出品は全体の売り上げの90％に相当します。聞いて驚く人は多いのですが、現在世界でモルトウイスキーの一番大きな市場はフランスです。他に日本、アメリカ、スペインやもちろんイギリスも大きな市場です。現在、スペインはウイスキーの消費量においては世界で一番多いのです。スコッチ・ウイスキーの国際的な人気は色んな形で現れます。例えば、ギリシャではウゾよりよく売れます。また、フランスでは、スコッチ・ウイスキーの販売量の一ケ月分はコニャックの販売量の一年分より多いのです。アメリカではスコッチ・ウイスキーはバーボンよりよく売れます。注 意 :  この内容の無断使用は出来ません。お詫びメールをいただいた方へこちらの不手際で、返信ができなかった事をお詫びいたします。＊</description>
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<category>スコットランド蒸留所、風景</category>
<pubDate>Thu, 15 Nov 2007 00:47:08 +0900</pubDate>

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<title>ウイスキーに携わる人々（１6）</title>
<description>{写真、マッカラン蒸留所、テイスティングルーム｝（スコットランド・スペイサイド地区）ウイスキーに関わって来た人々の話です。スコッチウイスキーへの情熱が伝わってきます。スコッチウイスキーが最高との思いが、伝わってきます。ドラム（グラス）を小さくしすぎるのは非常識です。やはり、ドラムをちやんとした量にする伝統があります。しかし「ちやんとした量」の定義はところによってかなり異なります。昔、二人の知り合いと一緒に飲んでいたときに非常に小さなドラムをもらった覚えがあります。一人が「あっ、ハエがドラムに入った。」と言っていましたが、もう一人が「大丈夫。足が下まで届くから溺れはしないよ」と言っていました。昔、給料袋は置き忘れても大丈夫ですが、ドラムは置き忘れてはいけませんと言われていました。戻ってきたら、給料袋はまだありますが、ドラムはなくなっています。これでスコットランド人の正直さの加減が分かると思います。ウイスキーに関しては何でもありです。ウイスキー・ガローのことですか。ポリティシャン号がエリスケイの沖で浅瀬に乗り上げた事件は私が生まれる前に起きました。しかし、船でウイスキーを回収しに行く島の住民の姿は素晴らしい光景だったでしょうね。ポリティシャン号はアメリカの市場のためのウイスキーを積んでいましたから。これに基づいてコムプトン・マケンジーが有名となった「ウイスキー・ガロー」を書きました。ポリティシャン号はウイスキーをおよそ2万ものケースを積んだ状態でエリスケイの沖で浅瀬に乗り上げました。沈まないで、岸から船ですぐ行けるところで、岩に引っかかりました。ある若者が沖に大きな船があると我々に伝えて、見に行きました。島の住民が皆集まって、とてもわくわくした雰囲気でした。ドックに入っているときと同じような高い位置で、岩の上に乗っていました。島の住民はまず乗組員を助けましたが、そのときに貨物倉に入っているものを見つけたと思います。漁船でポリティシャン号まで行って乗ったらはじめてその積んでいるものに気づきました。うちの父親は聖ウイニフレッドという漁船を持っていました。近づいたら男3人が乗っている小さな船がありました。彼らは我々をパーティーに参加するように誘ってくれました。何のパーティーか分かりませんでしたが、上に登りました。そうすると貨物倉が見えてきました。なんて信じられない光景でした。たくさんのおじさんたちがテリーランプをつけて、下に座っていました。まあ、実際に飲んでいたかどうかは言えませんが、とにかくウイスキーは山ほどありました。軍隊や警察は早く来ましたが、たくさんのウイスキーはもう既に島まで運ばれていました。あの船からたくさんのウイスキーが運ばれましたね。その量は正確には分かりませんが、とにかくたくさんでした。注 意 :  この内容の無断使用は出来ません。＊</description>
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<category>スコットランド蒸留所、風景</category>
<pubDate>Tue, 13 Nov 2007 00:10:16 +0900</pubDate>

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<title>ウイスキーに携わる人々（１５）</title>
<description>CRAIGELLACHIE HOTEL（スコットランド・スペイサイド地区）ウイスキーに関わって来た人々の話です。スコッチウイスキーへの情熱が伝わってきます。スコッチウイスキーが最高との思いが、伝わってきます。国によって、ウイスキーを水で割ろうとしたら、周りに責められる場合もあります。スコットランド人みんなが、水なしで一気に飲むと思っている人もいます。昔、僕はいつも水なしで一気に飲んでいましたが、これは北部ですごくひんしゆくを買いました。水で割らなければならないと言われました。そうすると風味が抽出されます。これでウイスキーの品質は鼻で分かります。つまり、水で割らないと蒸留や熟成で得られた風味は十分に満喫できません。はっきり言うと氷は要りません。1，2個入れると風味が抑えられます。そして、飲むときに氷が先に唇に当たります。もちろん、個人的な好みとして好きなら、どうぞ入れてください。氷を入れることもありますが、多くても2個しか入れません。特にホテル・バーで、ウイスキーは強い照明の下においてある場合もあります。そうしたら、温かくなりますね。水で割るのではなく、ちょっと冷やすために氷を2個ぐらい入れます。冷たすぎてはいけません。氷をちょっと溶かして飲みますね。水で割ってはいけないとか、水をちょっとしか入れてはいけないとか、このようなルールは無視すればいいです。コカ・コーラと一緒に飲みたいなら、どうぞそうしてください。本人の個人的な好みが一番大切です。ウイスキーを楽しく飲めればいいのです。水で割るのが正しいとされていましたが、ここ数年の間我々が認識するようになったのは例えば、スペインにコカ・コーラと一緒に飲みたい人がいれば、やはりその人の好みを認めないといけないということです。注 意 :  この内容の無断使用は出来ません。＊</description>
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<category>スコットランド蒸留所、風景</category>
<pubDate>Tue, 30 Oct 2007 08:11:32 +0900</pubDate>

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<title>ウイスキーに携わる人々（１４）</title>
<description>（スコットランド・スペイサイド地区）ウイスキーに関わって来た人々の話です。スコッチウイスキーへの情熱が伝わってきます。スコッチウイスキーが最高との思いが、伝わってきます。1960年代のグレンフィディックの登場までモルト・ウイスキーは無視されていました。グレンフィディックがなければ、モルト・ウイスキーの展開はどうなっていたのでしょうね。近年のシングル・モルト・ウイスキーの普及は本当に目を見張るようなものです。全体のウイスキーの売り上げに対しては僅かな一部しか占めませんが、確実に上がってきています。ブレンド・ウイスキーはまだ全体の売り上げの95％を占めますが、シングル・モルトの需要は認めなければなりません。シングル・モルトを飲む人にとってその魅力の一つは工場で作られていないことだと思います。今我々がいるような小さな蒸留所で作られています。このような蒸留所が地域社会を支えます。近所に住んでいる人々の中で、これらの蒸留所で働いているか、過去に働いたことがあるか、あるいは家族が働いているという人が多いと思います。今シングル・モルト・ウイスキーの人気が復活しているのは人々が一般的にウイスキーについて詳しくなっているからです。世界中の市場がよくなってきています。この協会では、決まったやりかたがあります。どのようなウイスキーに対しても同じ使い方が使えます。見て、喚いで、味わいます。実は、ウイスキーの香りを喚ぐだけで、その価値の大きな部分を得ることができます。しかし、試飲のために集まっている人たちは喚ぐだけで納得できませんね。ウイスキーの香りを広げる特別なグラスを使います。まず、グラスをとって、そのウイスキーの色を見てみます。これは美しい薄い金色です。この色でどのような樽で保存されていたかについてちょっとヒントを得られます。このグラスの表面をゆっくり垂れる残りのことを「レッグ」と言います。これで十分なアルコール度があるということが分かります。このグラスの形で香りが上に流されます。ちょっと喚いでみますね。色んな素敵な香りが混ざっています。そして、ちょっと味わってみますね。ウイスキーが口の中のあらゆる部分と接触するようにすればいいです。これはけっこうきついです。樽に保存されたときと同じアルコール度なので加水して飲めばいいと思います。例えば、アルコール度が43％のシングル・モルト・ウイスキーは水なしで飲めますよ。注 意 :  この内容の無断使用は出来ません。昨日の内容について、訂正　ウイスキープロフェッショナル資格合格者１８名です。　記載間違いでした。 Moruco さん、ご指摘有難う御座います。＊</description>
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<category>スコットランド蒸留所、風景</category>
<pubDate>Tue, 23 Oct 2007 09:20:16 +0900</pubDate>

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<title>ウイスキーに携わる人々（１３）</title>
<description>（スコットランド・スペイサイド地区）ウイスキーに関わって来た人々の話です。スコッチウイスキーへの情熱が伝わってきます。スコッチウイスキーが最高との思いが、伝わってきます。よし、ローランド、ハイランド、キャンベルタウン、アイラの風味が全部混ざっていますね。これ′でバッテド・モルトというのを作りました。シングル・モルトでなくなりました。30、40種類の異なる成分を入れることで、バッテド・モルトを作ったわけです。バッテド・モルトのことをピュア・モルトとも言います。そして、このバッテド・モルトは機嫌が悪いです。辛くて、攻撃性があります。最後に、グレイン・ウイスキーを入れましょう。これらのグレイン・ウイスキーは軽くて、優雅で、洗練されており、そしてその年は3年以上です。これらは特にアイラの重いモルト・ウイスキーの辛さやきつさを少し取り除いてくれます。これでモルトが35％でグレインが65％という割合になりました。これでどうでしょうか。ブレンディングによって、新しい商品はいつでも作れますね。その作れる種類の数は無限です。これで大分よくなりましたね。　しかしまだちょっと辛くて、機嫌が悪いです。それで、次は樽に移しましょう。木の影響で柔らかくなって、熟成して、完全に融合されます。樽で2，3ケ月ぐらい保存した後ボトルに入れます。ウイスキーをブレンドするというアンドルー・アシヤー氏のアイデアがなければ、今日のスコッチ・ウイスキー業界はおそらくポートワインやシェリー酒の業界ほど小さいと思います。私にとって一番面白いのはここ20年に渡るシングル・モルト・スコッチの展開です。注 意 :  この内容の無断使用は出来ません。＊</description>
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<category>スコットランド蒸留所、風景</category>
<pubDate>Mon, 15 Oct 2007 09:44:03 +0900</pubDate>

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<title>ウイスキーに携わる人々（１２）</title>
<description>（スコットランド・スペイサイド地区）ウイスキーに関わって来た人々の話です。スコッチウイスキーへの情熱が伝わってきます。スコッチウイスキーが最高との思いが、伝わってきます。スコットランドにある、蒸留が行われている四つの地方をもう一度見てみましょう。このハイランドの境界線の下にあるのはローランドです。この地方のモルト・ウイスキーは軽くて、魅了的で、優雅で、比較的に女性らしいです。その上にあるのはハイランドです。この広い地域のウイスキーは熟成するのに長い期間が必要で、重い感じがします。しかし、この中でスペーサイド・バレーのウイスキーは精妙で優雅です。これらのウイスキーは注目に値しますね。そして、キャンベルタウンがあります。この地方のウイスキーはとても複雑で、海の影響でちょっとした塩味があります。最後にアイラがあります。重くて、濃くがあって、フェノールぽくって辛さがあって、色んな特徴があります。このように各地方はその味に貢献します。ブレンダーというのはこの業界での一番洗練された人です。そして文字通りにブレンダーの仕事はウイスキーをブレンドすることです。今からブレンド・ウイスキーを作りますね。ローランドとハイランドは既に入っています。次はスペーサイド・バレーの精妙さをちょっと入れたいです。スペーサイド地方にあるいくつかの素晴らしい蒸留所のものを入れますね。ブレンディングというのは絵描きみたいです。異なるウイスキーを混ぜること、またはそれぞれのウイスキーの量を調整する事で、色んな風味を作り出せます。よし、これで最初の段階はOKです。次はアイラにある素晴らしい蒸留所からのこの頑固なものを入れます。ちょっとだけね。　これもちょっと入れます。入れすぎではないか、ちょっとチェックしてみましょう。ブレンダーはどうやって30、40、50種類のウイスキーを混ぜ合わせることで、いい風味を作るのでしょうか。そして、一回だけではなく、ボトルごとにその風味の統一性はどうやって守るのでしょうか。ブレンダーが持っ知識やセンスは実に素晴らしいです。また、ブレンド・ウイスキーを飲む人はそのブレンダーの能力に対して感謝しないといけません。注 意 :  この内容の無断使用は出来ません。＊</description>
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<category>スコットランド蒸留所、風景</category>
<pubDate>Thu, 11 Oct 2007 08:37:42 +0900</pubDate>

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<title>ウイスキーに携わる人々（１１）</title>
<description>　　　　　　　　　　　　　  （スコットランド・スペイサイド地区）ウイスキーに関わって来た人々の話です。スコッチウイスキーへの情熱が伝わってきます。スコッチウイスキーが最高との思いが、伝わってきます。樽の保存期間は最終的にどのような蒸留酒を作りたいのかということで決定されます。一番短いものは10年ぐらいなので今我々が入れている樽は少なくても10年ぐらい倉庫に残ります。その後は場合によって変わります。15年のものもあるし、17年のものもあるし、色んなものがあります。保存されている間、木や蒸留酒など、樽の中に入っている全てのものが混ざることで、その特殊の色や香りや風味が生まれます。ムードと蒸留酒の融合がポイントです。．残念ながらエンジェルズ・シェアという問題があります。この「天使の分け前」で一年で2％に当たる量がなくなります。樽は液体を中に閉じ込めますが、気体を逃しますので蒸発でウイスキーがなくなるわけです。この辺にたくさんの蒸留所がありますので外の空気はアルコールを5％ぐらいで含めます。なんて体にいい空気でしょう！スコッチ・ウイスキー業界のことを理解するのにブレンド・ウイスキーとモルト・ウイスキーの歴史について考えないといけません。ブレンド・ウイスキーの歴史における重要人物の一人はアンドルー・アシヤー氏でした。1863年ごろに彼はより飲みやすいものを作る為に、または多様性を増やす為に、グレン・ウイスキーを他のものと混ぜ合わせました。19世紀のブレンド・ウイスキーの普及がなければ、現在モルト・ウイスキーとして知られるものは生まれませんでした。モルト・ウイスキー業界が成り立とうとしていた1820年代や1830年代には、蒸留所に免許を与える動きは始まったばかりだし、生産方法は遅れていたし、品質管理は悪かったし、製品品質は低かったし、そしてモルト・ウイスキーを飲む人は少なかったです。モルト・ウイスキーの消費は基本的にその生産地に限られていました。この状態を変えたのがブレンド・ウイスキーの普及でした。スコッチ・ウイスキーはブレンド・ウイスキーという姿で一世を風靡しました。客はその風味やスタイルを覚えていました。ブレンダーは各地方だけではなく、各蒸留所の独特のスタイルを認識できるようになりました。注 意 :  この内容の無断使用は出来ません。＊</description>
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<category>スコットランド蒸留所、風景</category>
<pubDate>Tue, 09 Oct 2007 08:39:18 +0900</pubDate>

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<title>ウイスキーに携わる人々（１０）</title>
<description>　　　　　　　　　　　　　（スコットランド・スペイサイド地区）ウイスキーに関わって来た人々の話です。スコッチウイスキーへの情熱が伝わってきます。スコッチウイスキーが最高との思いが、伝わってきます。樽へのこだわりが、伝わってきます。　年数をかけ徐々に進化して言っているように感じたれます。おっしやるように500年間？、醸造や蒸留が行われてきたのに何のためにこれを教えるかという疑問が出てきますね。　これはスコッチ・ウイスキーの話ですよね。商品自体はあまり変わらないのですが、原料は変わることもありますので商品の一貫性を確保するために原料に関する科学や技術をちやんと理解する必要があります。このタンクから、メーターやフィリング・ヘッドを通して樽に送ります。　軟質木材の栓と布をここに入れて、倉庫へ運びます。そこで熟成するまで10、15、20年保管します。樽の仕事を始めたのは1950年でした。　スコットランドでは、規定によりウイスキーを樽で少なくても3年間熟成させないといけません。新しい樽を作る事は珍しいです。蒸留所が最初に現れたのはおよそ200年ぐらい前でした。　それまでは、ウイスキーを保管せずにすぐ飲んでいました。　樽で熟成させることが必要になった時、最初はシェリーの樽を使っていました。ウイスキーを新しい樽に入れることはないのです。　ワインやシェリーの業界で既に使ったものをいつも使います。ラムやポートの樽を使うこともあるし、色んな方法があります。同じ樽を60年間で4、5回ぐらい使います。樽を空にした際に、樽職人は欠陥がないかチェックします。　良いところを残して、悪いところを取ります。　違う樽の部分を組み合わせることがあります。樽の形にするのに昔から使われてきた道具を使うこともあります。木材の種類に注意を払うようになったのはつい最近のことです。昔はこだわらなかったのです。　このごろは、例えば、オザーク山地の北向きの傾斜地から収穫されたオークしか使わないとか、いろいろとこだわりがあります。この細かいところへの配慮は良い事だと思います。注 意 :  この内容の無断使用は出来ません。＊</description>
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<category>スコットランド蒸留所、風景</category>
<pubDate>Thu, 27 Sep 2007 08:05:37 +0900</pubDate>

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<title>ウイスキーに携わる人々（９）</title>
<description>　　　　　　　　　　　　　（スコットランド・スペイサイド地区）ウイスキーに関わって来た人々の話です。蒸留所のポットスチルは、化学の理に適い、神秘的で、美しい。発酵工程は60時間続きます。　終わったら蒸留室までポンプで送ります。これで蒸留の為の準備ができました。蒸留器に魔法が組み込まれています。蒸留室に入って蒸留器を目にすると「やはり、これは錬金術だ！」と感動します。19世紀に蒸留器を設計していた職人達は非常に賢かったのです。どうやってその目標の味を出すのかよく知っていました。　これはまさに蒸留所の中心部です。ここでは全ての味が一つになります。これは非常に大切です。間違いなく腕のいい蒸留装置操作係が必要です。普段、この業界で蒸留は二回に渡って行われます。一回目は大体ウォッシュ用蒸留器で行われて、二回目はスピリッツ用蒸留器で行われます。この点ではそれぞれの蒸留所は微妙に異なります。独特のスタイルや特徴があって、蒸留器の形、大きさ、種類の違いがスピリッツに影響を与えます。発酵させたウォッシュは一回目の蒸留を受けるためにウォッシュバックからウォッシュ用蒸留器に入れられます。79℃で蒸気は当てられます。アルコールの蒸気は上がります。　そして凝縮器に接続されているライナーを通ります。凝縮器の半分を通して冷水が常に流れます。アルコールの蒸気がこの冷水と接触すると液状に戻ります。　凝縮器の残りの半分を通って過程をモニターするためのスピリッツ・セイプを通ってから、ある器に入ります。それから、これは2回目の蒸留を受けます。過程は前と同じです。15分ぐらいで我々の目標である透明でフルーティで飲み心地や香りの良くて、美味しいスピリッツができます。流れが別の器に導かれます。これは我々の目標です。最終的に樽に入れられるのはこれです。注 意 :  この内容の無断使用は出来ません。9月24日月曜日（祝日）は営業しております。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ご来店お待ちいたしております。（休日、日曜日）＊</description>
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<category>スコットランド蒸留所、風景</category>
<pubDate>Fri, 21 Sep 2007 02:34:51 +0900</pubDate>

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<title>ウイスキーに携わる人々（８）</title>
<description>　　　　　　　　　　（スコットランド・スペイサイド地区）ウイスキーに関わって来た人々の話です。スコッチウイスキーへの情熱が伝わってきます。「ジョー」ちょと面白い表現ですね。スコットランドの水は軟水で質が良いです。　軟水ということは重要です。石灰ではなく、花崗岩の上を流れます。　石灰の上を流れる水は硬水です。質のいい軟水が必要です。スコットランドにある全ての蒸留所はこれを持っています。蒸留所において一週間で使われる水の量を教えられると驚く人もいると思います。このほとんどは冷却のために使われます。規模の大きな蒸留所の中で、一週間で3百万リットル以上の水を使うところもあります。従って、このようなところでは降水は非常に大切な要素です。今我々がいるのはマッシュ・ハウスです。覚えていると思いますが、製粉機の置き場から運ばれたグリストはこのビンの中に入って、これからマッシング・マシーンを通して、マッシュ・タンに移動されます。マッシュ・タンとはこの鋳鉄のタンクです。同時に側面からお湯を加えますので粥のような混ざった状態で入ってきます。つまり、この段階までは粥作りのようです。ここでは、グリストから糖やでんぷんを振り落として、グリストを通して水を引いて、そしてタン・ルームまでポンプで送ります。なるべく簡単な機構を使います。例えば、できたら二つのバルブの役割を一つのバルブでカバーします。ここにあるもので、一番コンピュタ一に近いのはこの板です。タンクまでぶら下がるプーリーやひもで動きます。タンクの中で浮いている木製ブロックの上下の動きに合わせて、指針の板における位置も動きます。これで、作業者はタンクの中の深さが分かります。深さから容積が計算できます。この機構では技術者に故障を治してもらう必要はありません。．ここはタン・ルームです。　マッシュ・タンから流れてきた2種類の水はここにポンプで送られます。酵母は加えてあります。　2種類目の水を送った後、集めたワッシュの量を記録します。このために、このディップスティックを使います。およそ36，000リットルはあるはずです。過去に、発酵させたワッシュのことは「ジョー」と呼ばれていて、これは大量に飲まれていました。ある蒸留所のマネージャーは自分の蒸留所でジョーが大量に飲まれていたことに対してうんざりしていたので、マグカップ、ジャム入れ、ペイント・ポット等、現場にある全ての器を隠したという話は聞いたことがあります。次の日、作業者が着いたときにすごく驚きました。器がないということで皆は機嫌が悪かったのです。ある人は特に怒っていました。午前中は不満げに働いていました。　しかし、午後に突然機嫌がよくなりました。どうも、ジョーを飲める方法を見つけたようでした。最初は誰もこの方法を知りませんでしたが、2週間後に明らかになりました。飲みたい気持ちのあまりに靴を脱いで、ロープを巻き付けて、ワッシュバックにぶら下げて、そしてそのとった中身を飲みました。信じられない話ですよね。しかし、本当のことです。注 意 :  この内容の無断使用は出来ません。＊</description>
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<category>スコットランド蒸留所、風景</category>
<pubDate>Tue, 18 Sep 2007 09:13:13 +0900</pubDate>

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<title>ウイスキーに携わる人々（７）</title>
<description>　　　　　　　　　　（スコットランド・スペイサイド地区）ウイスキーに関わって来た人々の話です。スコッチウイスキーへの情熱が伝わってきます。以前に話したと思いますが、大麦の品種を研究している。モルトの為に栽培されています。まず、最終的にモルトになる大麦はスコットランドとイングランドの東海岸で栽培されます。ここの気候の方は乾燥していると思われていますから。毎年色んな種類の大麦麦芽は実験室で試験されます。結局3～5種類ぐらいしか蒸留協会に認定されません。この認定はイギリスの蒸留酒業や蒸留酒産業で使うのに適しているという意味を持ちます。麦芽製造のプロセスは大切です。大麦の粒が硬すぎると簡単に糖を抽出することはできないとスコットランド人は訴えます。大麦を蒸留所で使える原料に変換するのが目的です。これに当たって粒が来年の花粉になる自然なプロセスを真似します。まず、春の成長を発生させるために、水に浸します。それから少し加熱して、そして成長が始まった時に、くっついた状態で麦芽にならないように酸素を加えます。フランス人はラッキーです。ブドウを搾るだけで糖が待られます。スコットランドでは、糖を得るのに大麦の粒を浸して、麦芽にします。このやわらかくされた粒で自分の名前をシャベルに書けると、もう出来上りだと思ってもいいです。この段階で成長を止めます。　粒を穴があいた床の上に計りとって、下から熱い空気を大量に吹き上げます。この段階で泥炭の煙を加えることができます。これはピート・カッターと言います。これで指をここにおいて自分に向かって泥炭を切ります。アイラー島でウイスキーを作るのに上層の泥炭がいいです。ほら、繊維がありますね。これは早く燃えないからいいです。二番目の層の泥炭は石炭のように早く燃えます。今、私が下に落としているのは上層の泥炭で、そしてこれはブラック・ピートです。質の違いが目で分かりますね。ブラック・ピートは石炭に似ていて、煙のためではなく、熱のために燃やされます。ここにある機器のほとんどは最初にできた当時のものです。これは1881年にできた製粉機です。　この機器や木製のエレベーター等は全て修復されて、毎日動いています。この工場の中にある設備は全部同じです。マッシュ・タン（麦芽汁を作る桶）やタンクは1881年にできました。できるだけ単純で伝統的な方法を使うようにしています。大麦麦芽はこのエレベーターで運ばれてきて、ドレッサに落とされます。ここで粒が洗われて、ついている挨が除去されます。それから、下にある製粉機の置き場に運ばれて、製粉処理が始まります。粒は粉砕されますね。製粉機から出てきたものをグリストと言います。このグリストはこのオーガーを通してエレベーターまで、そして上に運ばれて、それからマッシングのために向こうのマッシュ・ハウスまで運ばれます。先ほど言ったように、マッシング処理でグリストと水は混合されます。注 意 :  この内容の無断使用は出来ません。＊</description>
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<category>スコットランド蒸留所、風景</category>
<pubDate>Tue, 11 Sep 2007 09:49:32 +0900</pubDate>

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<title>ウイスキーに携わる人々（６）</title>
<description>　　　　　　　　　　（スコットランド・スペイサイド地区）ウイスキーに関わって来た人々の話です。スコッチウイスキーへの情熱が伝わってきます。スコッチウイスキーが最高との思いが、伝わってきます。スコッチ・ウイスキーはスコットランドでしか作れません。このような神秘的なところがまだ残っているというのは気に入りますね。スコッチ・ウイスキーは規則ではっきり定義されています。ご存知のように大麦麦芽や他の穀類から作られなければいけません。スコットランドでしか作れません。3年間に渡ってオーク材の樽で熟成させなければいけません。アルコール度が40％未満の状態で売ってはいけません。このような基準で一応他のウイスキーとの区別がつきます。しかし、これは単なる枠組みです。その材料は簡単です。　大麦麦芽、水、酵母だけです。しかし、それぞれの蒸留所のやり方は少し異なります。これはウイスキーの面白いところです。各蒸留所は皆同じ装置を使っています。また、材料をすりつぶしたり、発酵させたり、蒸留したり、木製のもので熟成させたり、皆同じ様なプロセスをふんでいます。　ですので全てのウイスキーの味は同じであるはずなのに実は違います。蒸留所というのは妙なものです。丁度この間誰かとこの話をしていましたが、例えば2年ぐらい閉鎖していた蒸留所を再び開くとしますね。その時に蒸留に詳しい人が装置などの電源を入れたとします。そして、装置の配置や使い方は基本的に他の蒸留所と同じなのに「じや、この蒸留所ってどう動きますかね」という疑問が出る場合もあります。ばかげたように思えるかもしれませんが各蒸留所の動き方には芸術でもサイエンスでもない神秘的なものがあります。一番手の込んでいる飲み物はコニャックでもラムでもテキーラでもバーボンでもアルマニャックでもないのです。スコッチ・ウイスキーです。これは蒸留所で働いている職人や技術者のお陰です。　これは違うのです。非常に個性的な人がこの非常に特異なものを妥協せずに作っているわけです。人間の代わりになるものはありません。なんでもかんでもコンビュター化しようとしてもこれではウイスキーは発展しないと思います。ウイスキーを作るのに必要な材料は何ですかね。まあ、ウイスキーについての本を読んでみたら水が一番大切だという印象を受けますね。しかも、この考えは世界中に広がっていますね。もちろん水は大切ですが、質の良い大麦も必要です。おそらく、1エーカー当たりの大麦の生産量ではスコットランドは世界一です。注 意 :  この内容の無断使用は出来ません。＊</description>
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<category>スコットランド蒸留所、風景</category>
<pubDate>Thu, 06 Sep 2007 08:57:53 +0900</pubDate>

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<title>ウイスキーに携わる人々（５）</title>
<description>　　　　　　　　　　（スコットランド・スペイサイド地区）ウイスキーに関わって来た人々の話です。スコッチウイスキーへの情熱が伝わってきます。スコッチウイスキーの最盛期では、１２５ほどの蒸留所が生産していた。　スコッチ・ウイスキーの業界への鍵はスコットランド自体です。スコットランドの長さは256マイルで、幅は147マイルです。海岸線の長さは5006．6海里です。面積は30166平方マイルで、721の島があって、年間降水量はおよそ9千億リットルです。では旅行にでも来ませんか。楽しいですよ。南部には低地地方があります。ここには緩やかにうねっている緑色の丘が多くあり、ここで作られたウイスキーの味はやわらかくて、デリケートです。つまりウイスキーの味は作られた地方の特徴の響を受けます。その北にあるのは高地です。高地は低地地方より広くて、険しい山が多くあります。　ここの蒸留所で作られたウイスキーはもうちょっとしっかりしているような感じがして、風味や香りに豊かです。高地の中に今我々がいるスペイサイドという地方があります。モルトウイスキー蒸留所の総数のおよそ半分ぐらいはここにあります。そのウイスキーの特徴は高地のウイスキーに似ていますが、華やかで香ばしい部分もあります。鼻をグラスに突っ込んでみるとその中にあるスコッチ・ウイスキーが突然生き返ります。目をつぶってみると別の場所にいる自分の姿が思い浮かびます。例えば、ばかげた様に思えるかもしれませんが、丘の上にいる自分、またはビーチを歩いている自分の姿が思い浮かびます。　その作られたところの場面を呼び起こす素晴らしい力があります。この意味では非常に強いウイスキーもあります。西海岸の辺りには島がたくさんあります。　中でもアイラ島という島があります。もっとも味の濃いウイスキーはこの地方で作られています。全てのアイラ島のウイスキーは焦げ臭くて、泥炭ぽく、薬っぼくて粒子の粗い感じがします。この数多い風味はどうやってウイスキーの中に入るかと考えさせられますね。蒸留所の周りからこれらの風味は勝手に入り込む訳ですかね。おそらくもうちょっと複雑なプロセスではないかと思います。スコッチ・ウイスキーの作り方に関しては理解されている事が多いのですが、例えば、今日新しい蒸留所を作っても最終的にどのようなウイスキーができるか、またはどのような味が出るかが分かるまで5，8，10年ぐらいかかります。また、隣同士の蒸留所で作られたウイスキーでもそれぞれの風味や特徴が全く違うというケースもあります。私の考えでは、各蒸留所には独特な微気候があって、この微気候がその最終的な味に影響を与えると思います。注 意 :  この内容の無断使用は出来ません。＊</description>
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<category>スコットランド蒸留所、風景</category>
<pubDate>Mon, 03 Sep 2007 09:15:50 +0900</pubDate>

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<title>ウイスキーに携わる人々（４）</title>
<description>　　　　　　　　　　（スコットランド・スペイサイド地区）ウイスキーに関わって来た人々の話です。スコッチウイスキーへの情熱が伝わってきます。密造酒と知りながら飲んだ、ジョージ四世は素晴らしい。スコッチ・ウイスキーの歴史の中では税に触れる事が多いです。我々が持っている蒸留に関連する記録で一番古いのは1494年のものです。当時の納税記録に入っていました。つまり、スコッチの歴史の中にスコッチに対する課税の歴史が含んでいるわけです。1823年では非常に混乱な状態になっていました。スコットランドではおよそ1万4千の不法な醸造所が運営していたと思われています。組織性が非常に高くなりました。しかも残忍でした。　人が殺されたり打ちのめされたりしており深刻な問題になりました。治安判事の役割を果たしていた地主階級は密輸業者にわずかな罰金しか科していませんでした。なぜかと言うと、例えばその密輸業者が治安判事の借地人だった場合、密輸から得た収入で地代が遅れずに払える、またはより高い地代が払えました。つまり、自分の利害を守る為に地主階級は密輸に対して見て見ぬふりをしていました。1822年にジョージ四世がエディンバラに訪問しました。世によく知られたこの訪問は当時のマスコミによってよく記録されました。　その際ジョージ四世は不法に作られた事を知っていながらグレンリベットウイスキーを頼みました。当時グレンリベット・ウイスキーは一番質の高いウイスキーだと思われていました。ジョージ四世がこれを頼んだ事により当時の政府は面目を大きく失いました。そこで、グレンリベット地方の土地を全部持っていたグロートン公爵を議長として王立委員会が確立されました。　そして、これこよって1823年に免許料を減らす法律が導入されました。これに対応して密輸に対する罰金は増やされました。従って、今まで副業として蒸留していた農民にとって本格的に蒸留した方がいいという状況になりました。1823年に導入された法律はスコッチの歴史の中で画期的なものだった訳です。そして現在のスコッチ業界はこれにより生まれました。この様にスコッチはスコットランドの歴史と密接な関係がありスコットランド人の精紳の一部です。注 意 :  この内容の無断使用は出来ません。＊</description>
<link>http://basara.usukeba.com/e7527.html</link>
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<category>スコットランド蒸留所、風景</category>
<pubDate>Fri, 31 Aug 2007 08:07:57 +0900</pubDate>

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<title>ウイスキーに携わる人々（３）</title>
<description>　　　　　　　　　　（スコットランド・スペイサイド地区）ウイスキーに関わって来た人々の話です。スコッチウイスキーへの情熱が伝わってきます。密造者もなかなか知恵者ですね。18世紀末期や19世紀初期に不法な蒸留器や不法に生産されたウイスキーを見つける為に収税吏や兵隊はスコットランドのこの辺り、つまりスペイサイドやグレンリベットに派遣されていました。　しかし当時蒸留を行っていた人はかなりずるくて使っていたものを洞窟や林にうまく隠していました。従って、収税吏はかなり苦労していました。そこで、あるアイデアを考え付きました。不法な蒸留器や隠されたウイスキーの発見につながる情報に対して賞金を提供すればもっと成功すると思いました。　しかし、このアイデアは裏目に出てしまいました。蒸留を行っていた人が使用していた小さな蒸留器がぼろぼろになり交換しないといけない状態になった時に、収税吏にそのぼろぼろの蒸留器の場所を仲間に伝えさせ、賞金を葺い受けて回収し、その仲間に少し分け与え、残りの分で近所の銅細工師にぴかぴかの新しい蒸留器を作ってもらいました。そして、2，3週間以内に生産能力を復活させました。兵隊等を避けて、スコットランド高地の裏道を子馬で暴れ回るイメージは私の心にある無秩序な部分に訴えます。スコットランド人は自分のウイスキーをもらう権利をずっと信じていました。ロバート・バーンズは「自由にウイスキーは付き物である」と書きました。【昔のスコットランドの言葉で書いてある詩】’これは「ある作家のスコットランドの国会議員に対する心からの叫びとお願い」という素晴らしい詩に出てくる言葉です。この詩は民間の蒸留が禁止された事に対する反論です。いろいろと愛国心が組み込まれており、スコットランドの国会議員に対して「立ち上がってこの対策に反対してくれ！」というメッセージを伝えるものです。間違いなくロバート・バーンズはウイスキーが大好きでした。実は暫くの間彼は収税吏として勤めていました。つまり、密猟者が猟場番人になったわけです。彼は共和主義の支持者だったし、愛国心もあったし、彼の詩では物品税を批判するものは多かったです。物品税は貧しい人々を苦しめていたとか、熱心に主張していました。では、どういう訳で収税吏としての雇用を求めていたかという疑問が出てきますね。実のところ彼は非常に貧しく、小農地でのつらい作業で体の調子は崩れていたので、何らかの収入を得る為にこの仕事をしていました。注 意 :  この内容の無断使用は出来ません。＊</description>
<link>http://basara.usukeba.com/e7526.html</link>
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<category>スコットランド蒸留所、風景</category>
<pubDate>Mon, 27 Aug 2007 00:32:27 +0900</pubDate>

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<title>ウイスキーに携わる人々（２）</title>
<description>　　　　　　　　　　（スコットランド・スペイサイド地区）ウイスキーに関わって来た人々の話です。スコッチウイスキーへの情熱が伝わってきます。密造の歴史背景が理解できます。　現在ウイスキーとして知られている物が最初に現れたのが19世紀でした。それまでのウイスキーは小作人によって小さな蒸留室で作られていました。おそらく泥炭でかなり加工されており、よく蒸留されていませんでした。　言ってはいけないかもしれませんが、現代人に17、18世紀のウイスキーを飲ませてみたら「まずい！」と言われます。1745年はウイスキーの進化において重大な年でした。この年に小さな蒸留室で蒸留を行うことが禁じられるようになりました。　これは半ばジンが水代わりに飲まれていたロンドンでの深刻なアルコール依存症問題を解決するためでした。　つまり、ロンドンでのジンの生産を中止するという意味はスコットランド高地でのウイスキーの生産を止めるという意味と同じくらいありました。　しかし、スコットランド高地ではこの措置が壊滅的な効果をもたらしました。　例えば、スペイサイド南部でやせた土地を耕作していた小作人は質の悪い大麦を栽培していました。　これでは豊かな土地で栽培した大麦ほど収入を得ることはできませんでした。　さあ、どうしますか。少ない収入で我慢しますか。いや、ウイスキーを作って利益を上げようかということになりますね。　このように作物の栽培を維持していました。毎年必ず入ってくる安定している収入源だったわけです。そして、突然なくなりました。これが密輸の増加につながりました。ウイスキーの密輸は課税の対象になった頃から行われていました。初めて課税の対象になったの1644年でした。　また、国会の統一が起こった1707年から密輸は一部の人にとって政治的な意味も持つようになりました。この外国から課税を押し付ける機関に対して、スコットランド人の独立性を表現するものとなりました。　物品税の委員会はロンドンに拠点があったし、スコットランドでは主にイングランド人によって代表されていました。　それで愛国心のある人にとって、そして後でジャコバイトの人にとって、密輸というのは名誉の問題でした。長年の課税や悪政によってウイスキーの生産は余儀なく隠れて行われていました。私の意見では、この時期に蒸留に一番適した場所が見つかったと思います。　例えば、一番いい水源のある、町から離れた谷間が見つかりました。　多分、大麦もどこかに隠す必要があったのかもしれません。　そして、この辺りをよく監視していた収税吏から隠れてキースから密輸業者のところまで銅製単式蒸留器を運ぶ必要もありました。注 意 :  この内容の無断使用は出来ません。＊</description>
<link>http://basara.usukeba.com/e7488.html</link>
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<category>スコットランド蒸留所、風景</category>
<pubDate>Thu, 23 Aug 2007 23:34:19 +0900</pubDate>

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<title>ウイスキーに携わる人々（１）</title>
<description>　　　　　　　　　　（スコットランド・スペイサイド地区）ウイスキーに関わって来た人々の話です。スコッチウイスキーへの情熱が伝わってきます。まずは、ウイスキーの歴史から。　一つ一つの香りや一口がその発祥地や作った人々のことを語ります。人の心や自分の独特なモルト・ウイスキーやブレンド・ウイスキーを作ることに対する情熱さが全てです。スコットランドを蒸留してグラスに入れ、より広い見方もあります。スコットランド人にとってウイスキーの原点には人々がいます。スコットランド人がウイスキーのことを語ると自分の心の事も語ることになります。ビールと違って、ワインとも違います。モルト・ウイスキーは彼らを特別な場所に導きます。そしてウイスキーってどこから来たのか？という神秘的で不思議な発想が全てです。友人である人がおっしやるように、ウイスキーの起源ははっきりしません。誰が最初にスコットランドでウイスキーを作ったかは誰も知りません。ウイスキーはスコットランドで魔法の力で始まりました。蒸留の初期について知られていることは少ないのですが、蒸留は昔のキリスト教の修道士や宣教師によってスコットランドに導入されたということは知られています。おそらく彼らはアイルランド、コリンセー、アイラからスコットランド本土に来ました。修道士等が蒸留について詳しかったのは蒸留がサイエンスの部門として見なされていたからです。　そして宗教改革で廃止されるまで蒸留はほとんど修道院等で行われていました。つまり、秘密性の高い環境で行われていたわけです。　これに関わる人々の多くはウイスキーを作る為に蒸留を行っていたわけではありません。アクアビートというものを作っていました。　そしてアクアビート、アクアビータイ、アスカバー、ウスキー、ウイスキーというふうに発音が現在使われているものに変わっていったと納得する人もいまが、意見として、これは違うようです。蒸留を通して彼らは魔法とサイエンスの間の境目をはっきりさせていました。やはり、14、15世紀には魔法とサイエンスの間の境目は非常に薄かったです。ウイスキーのことが書いてあるもので、一番古いのは1494年日付の「エキスチェッカー・ルール」です。「エキスチェッカー・ルール」というのは王室用の買い物リストのようなものです。ルネサンス時代のスコットランドの偉大なる王であるジェームズ四世からのもので「アクアビータイを作る為にモルトウイスキー8本を」と書いてあります。　しかしこれは何のために作られていたかははっきりしません。例えば、ジェームズ王は火薬に大変興味があったのでこれを作るのにアルコール類を使っていた可能性があります。コーニングというプロセスがありました。　火薬は細かい粉末の状態より、粒状に挽かれた状態の方がより大きく爆発します。従って、水を利用してこのように火薬を粒状に挽いていました。　揮発性のあるアルコール類を使うと更に大きく爆発します。もちろん、拝発性のあるものを使うのは難しかったです。彼はこの為に使っていたかもしれません。　当時の全ての学者と同じ様に彼は錬金術、つまり卑金属を金に変換させる事に大変興味がありました。そして錬金術だけではなく、水、大麦、ビールの様な基礎要素から蒸留を通して神髄を出したりする事にも興味がありました。　ですから彼のアクアビータイや蒸留に対する興味は飲料作りだけではなく、色んな事に由来したかもしれません。注 意 :  この内容の無断使用は出来ません。＊</description>
<link>http://basara.usukeba.com/e7487.html</link>
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<category>スコットランド蒸留所、風景</category>
<pubDate>Tue, 21 Aug 2007 11:52:00 +0900</pubDate>

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